一万円札は紙でできています。金や銀と引き換えることもできません。それでもお店は一万円札を受け取り、1万円分の品物を渡してくれます。紙のお札で買い物ができるのは、なぜでしょうか。この記事では、日本銀行の説明と明治の紙幣の歴史をもとに、「法律」「受け取る人の信用」「日本銀行」の3つの視点から見ていきます。
- 法律は、日本銀行が出すお札を、支払いに無制限に通用するお金と決めている。硬貨は1種類につき20枚まで
- ただ、法律で通用しても、出しすぎれば価値は下がる。明治の西南戦争のころには、紙幣の価値が大きく下がり、信用が揺らいだ
- 今のお札の価値の安定は、金の準備ではなく、日本銀行が物価の安定を目指す金融政策で確保するものと説明されている
01 お札そのものに1万円の価値がある?
まず、紙そのものの値段から考えてみます。このサイトのお札は毎年何枚つくられる?で計算したように、日本銀行の2025年度の損益計算書にある銀行券製造費は約581億円です。これを同じ年度の発注枚数28.5億枚で割ると、1枚あたり約20円になります。実際に1枚を作る費用ではなく、年度の合計どうしを割った目安です。いずれにしても、紙と印刷の費用は1万円という額面とは関係がありません。
今のお札は、金とも引き換えられません。昔のお札と今のお札の違いは兌換紙幣と不換紙幣で紹介しています。
では、お札はどんな働きをしているのでしょう。日本銀行の副総裁は2026年5月の講演で、お金には価値尺度機能、価値保存機能、交換機能の3つの機能があると話しています。ふだんの言葉にすると、ものの値段を円で表すこと、価値をあとに持ち越すこと、支払いに使うことです。紙の値段とは別に、お札がこうした働きを果たしていることを支えているものを、ここから3つの視点で見ていきます。
02 法律は、お札について何を決めている?
1つ目の視点は法律です。日本銀行法第46条第2項は、「日本銀行が発行する銀行券は、法貨として無制限に通用する」と定めています。日本銀行はこれを、お札に無制限の強制通用力があるという意味だと説明しています。お札なら、支払いに何枚出してもかまいません。
硬貨は少し違います。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の第7条は、硬貨が法貨として通用するのを額面の20倍までとしています。1種類の硬貨なら、一度に20枚までです。100円玉なら20枚、2,000円分までということになります。
お札は、受け取る側が支払いとして受け取るよう、法律が後ろから支えているお金だと言えます。
03 法律があれば、お金の価値は守られる?
ところが、法律で支払いに通用するだけでは、価値が保たれるとは限りません。歴史に、その例があります。
日本銀行の貨幣博物館によると、明治の政府は、1877年の西南戦争の戦費を、金や銀と引き換えられない紙幣を増やしてまかないました。大量の紙幣が出回ると、紙幣の価値は大きく下がり、紙幣への信用が大きく揺らぎました。紙幣で測った米の値段は、戦争の前の2倍に跳ね上がっています。
このとき大蔵卿の松方は、出回る紙幣が多すぎたことが価値を下げたとみて、紙幣を減らす整理を進めました。日本銀行が開業したのは1882年で、最初の日本銀行券が出たのは、紙幣の価値が戻るのを待った2年半後の1885年です。
お札がお金として通用していても、出しすぎれば、1枚で買えるものの量は減ってしまう。明治のこの出来事は、そのことを示しています。
04 受け取る人の信用とは?
2つ目の視点は、受け取る人の信用です。この記事では、受け取ったお金を、あとで別の支払いにも回せると期待できることを、こう呼びます。
副総裁の講演も、お金で価値をあとに持ち越せることの根っこには、将来そのまま支払いに使える手段であることが前提になっているはずだと話しています。お店が一万円札を受け取るのは、そのお札で次の仕入れや給料の支払いができると見込めるからだと考えられます。ただし、これは「誰もが必ず受け取る」という意味ではありません。
信用が揺らいだ例は、江戸時代にもあります。貨幣博物館によると、各地の藩が出した藩札には、小さな額のお金の不足を補う形で円滑に流通したものもあれば、乱発により価値が下がった藩札もありました。同じ紙のお金でも、円滑に使われたものと、発行しすぎて価値が下がったものがあったのです。
05 日本銀行は、お金の価値をどう支えている?
3つ目の視点は、お札を出している日本銀行です。
日本銀行の説明によると、お札が金や銀と引き換えられたころ、日本銀行には、引き換えの求めにいつでも応じられるよう、金や銀を準備として持っておく義務がありました。その後、この決まりはなくなりました。今の日本銀行は、お札の価値の安定について「日本銀行の保有資産から直接導かれるものではなく、むしろ日本銀行の金融政策の適切な遂行によって確保されるべき」と説明しています。日本銀行はお札を「債務証書」のようなものとみていて、今も帳簿では負債に入れています。お札の信認を守るのは日本銀行の役目だ、という考え方です。
その金融政策の目的が、物価の安定です。日本銀行は物価の安定を、家計や企業が物価の変動に煩わされることなく、お金の使い道を決められる状況と説明しています。副総裁の講演には、日本銀行が物価の安定を目指すのは、ものの値段を測る「円」という物差しを安定させておくためだ、という説明もあります。
ここで気をつけたいのは、日本銀行が物価を止めて、お札で買える量を一定に保つと約束しているわけではないことです。日本銀行は2013年に、消費者物価の前の年と比べた上昇率2%を「物価安定の目標」にしました。金融政策の仕組みは政策金利とは、物価が上がり続ける状態はインフレとはで紹介しています。
06 3つの視点をまとめると?
3つは同じ種類の部品ではなく、お金の価値を見る角度の違いです。
| 視点 | 何に関わるか | 資料 |
|---|---|---|
| 法律 | お札は無制限、硬貨は20枚まで支払いに通用する | 日本銀行法・通貨の法律 |
| 信用 | 受け取ったお金を、あとでも支払いに使えると期待できるか | 副総裁の講演・貨幣博物館 |
| 日本銀行 | 物価の安定を目指す金融政策で、お札の信認を確保する | 日本銀行のFAQ |
法律だけでは、明治の紙幣のように価値が下がることを防げませんでした。信用は、出す側が出しすぎないことと結びついていました。そして今は、その役目を、日本銀行が物価の安定という形で担っています。紙のお札で買い物ができるわけは、どれか1つだけでは説明しきれません。日本銀行の仕事の全体は日本銀行とはで紹介しています。
07 よくある質問
金と引き換えられないお札は、危なくない?
日本銀行は、今のお札の価値を支えるのは金の準備ではなく、金融政策だと説明しています。ただし物価は動くので、1万円で買える量がいつも同じとは限りません。
硬貨は、何枚まで支払いに使える?
法律では、1種類の硬貨につき額面価格の20倍まで、つまり20枚までが法貨として通用します。お札には枚数の限りがありません。
紙幣を出しすぎると、どうなる?
明治の西南戦争のころには、紙幣が大量に出回って価値が大きく下がり、米の値段が2倍になりました。ヨーロッパで最初の本格的な銀行券を出したストックホルム銀行も、刷りすぎて破綻しています(世界最初の紙幣)。
- お札の紙と印刷の費用は、額面とは関係がない。価値を支えているものは、法律・信用・日本銀行の3つの視点で見ると分かりやすい
- 法律は、お札を支払いに無制限に通用するお金と決めている。硬貨は1種類20枚まで
- 法律で通用しても、出しすぎれば価値は下がる。明治の西南戦争のころや、乱発された藩札がその例
- 今のお札の価値の安定は、日本銀行が物価の安定を目指す金融政策で確保するものと説明されている。ただし、買える量が一定に保証されるわけではない

